未来は君たちの手で作るのだ

未来のことなど誰にも分からないのだ

6/9〜6/12まとめて。

6/9
終日中仕事。こういう日が週イチぐらいであると非常に助かる。

6/10
終日中野で仕事。帰りにちょっと面倒な案件で電話を受ける。あぁめんどくさい。19時前に職場に戻って明日の山梨出張の準備などで21時ごろまで。

そんなことしてたら夕方母から電話があって叔父が亡くなったとのこと。。。。
たくさんお世話になって叔父なので非常に残念。。。

6/11
朝から山梨。山梨に向かう高速を運転中だってのに電話をかけてくる某氏。だから運転中だから取れないっつの。
山梨は会社の人と一緒だったんだけど、運転は私でとなりでうたた寝。まぁ仕方ないとは思うけどさ、なんだかな。
18時から叔父のお通夜があったんだけど、どう考えても到着できないので今日は自宅に帰った。明日は告別式。最後の挨拶してこなければ。

6/12
朝7時過ぎに自宅を出発。時間優先で中央道→4号線→5号線というルートをとったものの予想通り調布インターの手間から渋滞。中央道の上りっていつも調布インターの先ぐらいで自然渋滞が発生するんだけど、原因はなんだろうか?その後は山の手トンネルも順調で告別式開始の9時ジャストに葬祭場に到着。外はうだるような暑さ。

叔父は舌癌のステージ4という状況だったので長くはないなと覚悟していたけどこんなに急に逝くとは思っていなかったのでショックだった。自宅療養していたところうちの母がお見舞いに行った直後に息を引き取ったらしい。明日から病院に戻る予定だったのできっと病院嫌いだった叔父は病院に行きたくなかったんだろう。。。。
病状から考えればあまり苦痛を伴わずに逝けたのはよかったのだろうか。安らかな顔がそう物語っていたような気もする。

叔父が亡くなったことで母の実家がもぬけの殻になってしまった。この家のことやその他の色々な問題などがあるので、母のことを手伝ってあげなければ。弟夫婦がリフォームして住みたいと言っていることが嬉しい。おじいちゃん、おばあちゃん、叔父ちゃんと思い出のある家が残るのは私にとってもすごく嬉しい。

それにしても63歳はまだまだ若いだけに残念でならない。叔父ちゃん、いつかまたあの世で飲み交わそう。